名前が数字に変わった日

具現化されてゆく地獄と戒め

名前が数字に変わった日16

自宅へ裁判の日時を知らせる封筒が届く

約一ヶ月後がその日だ

 

自分は余罪も含め

全ての罪を洗いざらい自白していたので

恐らくはその裁判で結審となる

 

その裁判後、二週間ほどで判決日を迎え

自らの罪に判決が言い渡される

 

その日からひたすらネットで

自らの罪名だったり、執行猶予と実刑の割合であったりと読み終えた記事も含め何度も何度も調べ返した

 

調べたって何も結果は変わらない

そんな事は分かっていた

 

でも、その事を調べ続けていないと

不安に押し潰され、気が狂いそうだった

 

裁判日を待つこの時間が

まるで死刑執行を待っているような気分になった

 

 

家族に弱っている部分を見せちゃいけない

 

それも分かっていた

だが、それすら出来ない程自分は弱かった

 

 

毎日も俯いて、数日間食事も摂れず

夜中は周期的に何度もトイレで嘔吐した

 

 

情けなかった

こんな自分に生きてる価値はあるのだろうか

 

 

徐々に自責と不安が形を変えて

死にたい、という願望に変わっていった

 

 

 

名前が数字に変わった日15

家も

外も

 

何も縛られずに動き回れる現状が

不思議で落ち着かなかった

 

段々と空が明るくなってゆくまでの間

何度も寝室を行き来して、家族の寝顔を見ていた

 

夢じゃないんだって

信じ切れていない感覚にあてられながら

少しずつこれから先の事を考え始める

 

 

仕事も

 

金も

 

自由も

 

信用も

 

 

全てを失ってしまった

 

今まで生きてきた中でこれほどまで

何もかもを喪失した事があっただろうか

 

全て自分の行いである故に

自責の念はこれまでの人生の中で最も大きく

そして禍々しい形をしていた

 

後悔しても何も変わらない

大事なのはこれから先どうしてゆくか

 

 

それを一番分かっているのは自分の筈なのに

頭の中は真っ白だった

 

 

逮捕されてからずっと辞めていた煙草を

絶え間なく、また燻らせていた

名前が数字に変わった日14

家に着いて

一ヶ月ぶりに子供たちと会えた

 

当たり前の事が

どれほど幸せな事か

この時ほど痛感した瞬間はない

 

 

元々、立派な親では無かった

 

父親としての意識とは別に世間体でいえば

きっと自分はダメな親だったと思う

 

 

それでも久しぶりに触れた子供たちの頭は

やんわりと温かくて、その体温を手の平で感じた時は胸が張り裂けるほど痛く軋んだ

 

 

家の慣れた匂いも

子供たちの笑い声も

ずっと食べたかった手料理も

 

全てが眩しくて、嬉しくて

 

でも

 

それと同時にものすごく怖くなった

 

 

目を閉じたら

また、あの独房に戻ってる気がして

 

 

 

保釈されて帰宅したこの日は一睡も出来ず、

留置所内でずっと書いていたノートを読み返しながらひたすら今の気持ちを書き綴っていた。

名前が数字に変わった日13

私物の確認が終わり

そのまま取り調べ室で迎えを待つ

 

その間、刑事と他愛のない話をしたり

今後はどうしていくのか、なんて話をしたり

 

もちろん頭の中は早く家族に会いたい一色だったが

何だか不思議と刑事との別れもちょっとだけ切なかった

 

一ヶ月間、毎日顔を合わせていれば

状況はさておき、やはり少なからず寂しくもなる

 

とはいっても

これ以上この場所に留まれる自信は無かった

 

 

そして、迎えの車を確認した後

刑事と二人、今回は警察署の正面入口へ向かった

 

 

ずっとこの瞬間を待ってた

 

正面入口を出て、車へと向かう

外はすっかり猛暑で少しの移動で額から汗が出た

 

 

車に乗り込む

 

駐車場を出る際に見送ってくれた刑事に

深々と頭を下げた

名前が数字に変わった日12

留置所に入った際の持ち物を確認するから

房から出てこちらに来て下さい。

 

そう告げられて

看守と共に長い廊下を歩いてゆく

 

入った事のない部屋に通されると

一ヶ月前に預けていた私物が並んでいた

 

 

 

大体、三十分ほど掛けて確認をして

一度独房に戻された

 

 

その辺から段々と

保釈される実感がちゃんと湧いてきた

 

 

ほどなくして

次は担当の刑事から呼ばれ、取り調べ室へ向かう事になった

 

その時はもう

手錠も腰縄も付けられ無かった

 

 

当たり前に手を振って歩ける事が

まるで夢の中に居るような感覚だった

 

名前が数字に変わった日11

次の日、いつも通り六時半に起床する

布団を片付け、歯を磨く

 

一連のルーティンが終わり

独房に戻り、格子の隙間から窓ガラス越しの空の色を眺めた。

 

取り敢えず官本も入れてはいたが

一ページも開かないまま床に置いていた

 

一時間が過ぎ

二時間が過ぎる

 

いつもと何も変わらない時間

段々と、昨日の話が勘違いに思えてきた

 

勝手に期待をして

勝手に肩を落とす自分は酷く滑稽だと思った。

 

畳に腰掛けて

大きく深呼吸をした

 

 

すると少しずつだが

留置所の奥がバタバタと騒がしくなってきた

 

少なからず心拍数が上がった

でも、これ以上何度も落胆したくなかったので

無理矢理、官本を一冊読む事にした。

 

 

すると看守が目の前に来て、

前触れもなく独房の鍵を突然開けた。

 

名前が数字に変わった日10

本来、保釈の進捗状況は

伝える義務も必要も警察には無い

 

それは本来は弁護士の役目になる

 

 

それでも、こうして教えてくれたのは

何十回としてきた取り調べの中で子供や家族への愛を話し続けてきた故の情みたいなものだったのかもしれない

 

何の偶然だったのか

担当の刑事は私と同じ歳で、子供の人数も同じだった。

 

よく刑事の子供たちの話も聞いた

 

子育ては苦労も多く大変だけど

その反面、可愛くてかけがえの無い宝だ

 

そう嬉しそうに話す刑事が

とても眩しくて、輝いて見えて

 

その陰に居る自分が

情けないほどちっぽけに思えた。

 

 

一緒に居てあげる事すら出来ずに

今も寂しい思いをさせているのだから