名前が数字に変わった日

具現化されてゆく地獄と戒め

名前が数字に変わった日9

狭い取り調べ室で姿勢を正し

その内線電話が終わるのを待った。

 

受話器を置いて

 

『早くて今日

遅くても明日には保釈されそうだよ。』

 

小さく笑いながら言われた。

 

 

最初、まるで話の内容が入って来なかった

少し時間差で意味が追い付いてくる

 

ずっと待ってた瞬間の筈なのに

いざ目の前にすると実感が湧かなかった

 

なのに自然と涙が出てきた

名前が数字に変わった日8

最大拘留期間が終わった

それと同時に起訴を知らせる通達が届いた。

 

ここからは二通りの道に分かれる

 

約一ヶ月後の刑事裁判日まで

留置所か拘置所で待つか

 

或いは保釈申請してもらい

一度、外へ戻されるか

 

 

自分の場合は後者だった。

 

 

もちろんその手続きは

金銭的にも行動的にも負担は半端ではない

 

しかも、それを行ってくれるのは

他でもない外で待つ家族なのだ

 

 

それでも家族は

懸命に色々と動いてくれた。

 

こんな救いようのない人間に

必死に手を差し伸べてくれた。

 

これを肌で感じても変われない人間は

きっと、もう何をしても変わらないのだと思った

 

 

そして、起訴されてから八日が過ぎたあたり

 

午後三時を回った頃

 

上告書を書く為に取り調べ室に居た際

担当の刑事に一本の内線電話が鳴った。

名前が数字に変わった日7

一ヶ月の留置所生活で

心の支えになっていたのが"面会"だった。

 

数日に一度

 

それもたった十五分という短い時間の中で

ガラス越しに居る身内に

これでもかって程の言葉を投げ掛けた。

 

 

何度泣いただろう

それ以上に何度泣かせただろう

 

 

あんなに当たり前だった会話

一分一秒を惜しみながら思ったように繋がらない言葉を繰り返した

 

面会が終わり

呼びに来た警察官に連れられ、手を振る姿を見送りながら何度も何度も自らの過ちを悔いた。

名前が数字に変わった日6

十六日目を境に

みるみると体の肉が削がれてゆく。

 

水ばかり摂ってるせいで

日に日に排出物は液状に変わってゆき

二十日を迎えたあたりには

既に無色に近い水になっていた。

 

日課であった布団の出し入れが辛くなり

何となく続けていた筋トレは体が言うことをきかなくなった。

 

このまま衰弱して

死ぬことが出来たらきっと楽なのだろう。

 

余りに身勝手な思考

そんなの許される筈がない

 

自分に許されるのは 

懺悔し祈り続ける事だけだ。

名前が数字に変わった日5

決して自分は悲劇のヒロインなんかじゃない。

 

罪を犯して

それを裁かれる過程の中で今ここに居るだけ。

 

誰かに優しくしてもらいたいなんて甚だしい

決して考えてはいけない"逃げ"でしかない。

 

自分はもっともっと反省しなければいけない

 

拘留十六日目

この日から朝食と昼食を食べなくなった。

 

治まらない吐気が固形物の侵入を防ぐ。

 

名前が数字に変わった日4

時間の流れが恐ろしく遅く感じる。

外に居た頃の一日がまるで一週間に変わったような感覚だった。

 

毎日貸し出される三冊の官本も

まるで面白さを感じなくなり、それでも時間を少しでも早く進めたくて懸命に文字を目で追うが気付くと無意識のまま数ページ読み飛ばし、またページを捲り戻す。

 

ジリジリとうるさい独房の蛍光灯を

仰向けになり眺めながら涙を堪えていた。

 

名前が数字に変わった日3

逮捕から一日経ち、拘留が決まり

さらに十日経ち、拘留延長が決まった。

 

最大拘留期間の二十日間だ。

 

その節目節目の度に

"もしかしたら"なんて情けない期待をしては

当然の結果に肩を落とした。

 

日本の警察だって

そんなに甘く出来てる訳じゃない。

 

自分自身、何かを隠す訳でもなく

別に良く思われようとか考える訳でもなくて

 

二週間が過ぎたあたりから

もう自分が自分じゃなくなる気がした。

 

上手くは表現出来ないけど

体から芯が抜けてゆく感じがした。

 

 

そのあたりから

自分の心身のコントロールが難しくなり

留置所内の医師から安定剤を処方してもらった。

 

今思えばそれが

拘禁反応だったのかもしれない。